産業の栄枯盛衰は世の常。 かつて「鉄は国家なり」といわれて優秀な学生がこぞって就職した鉄鋼業界は、最早、青息吐息の状態だ。 更に産業のライフサイクルの回転が激しくなった今では、就職した会社が退職するまで優良企業であり続ける保証は全くありません。
さて、全米銀行協会が、今後10年で産業としてなくなってしまうと予測されるTOP10を発表しました。http://www.ibisworld.com/Common/MediaCenter/Dying%20Industries.pdf
もっともインパクトのある上位5つの産業は、
第1位: 通信業界(固定ケーブル)
過去10年で市場縮小率: -54.9%
今後5年間の縮小予測 : -37.1%
2010年市場規模: 154,094 $M
第2位: 製粉業界
過去10年で市場縮小率: -50.2%
今後5年間の縮小予測 : -10.1%
2010年市場規模: 54,645 $M
第3位: 新聞業界
過去10年で市場縮小率: -35.9%
今後5年間の縮小予測 : -18.8%
2010年市場規模: 40,726 $M
第4位: アパレル製造
過去10年で市場縮小率: -77.1%
今後5年間の縮小予測 : -8.5%
2010年市場規模: 12,800 $M
第5位: DVD, Game, Video レンタル
過去10年で市場縮小率: -35.7%
今後5年間の縮小予測 : -19.3%
2010年市場規模: 4,538 $M
特に通信業界、携帯事業は伸びていますが、なんと言ってもスカイプなどによるVoIP化で、音声に課金できなくなるのが、今までの事業モデルを覆してしまうほどのインパクトがあるだろう、と予測しています。
新聞も、印刷された紙を販売することによって情報に課金していた訳で、この紙の印刷、流通が、新規参入者にとって障壁となっていた訳ですが、今やインターネットの出現によって、情報流通のコストがとても小さくなっていて、かつてのように大手数社による寡占状態が維持できなくなるでしょう。
さて、夏本番は、インターンの時期でもあります。 今、人気のある企業ばかりでなはなく、無名でも面白そうな会社でインターンを経験してみるのも良いかも知れませんよ。
Thursday, June 23, 2011
Tuesday, June 21, 2011
高速道路 無料化社会実験、1000円上限廃止で浮く2.1兆円
民主党が公約として衆議院選挙を戦ったマニフェスト、1つも実行されませんね。
今回の上限廃止(無料化社会実験終了)で予定したいた2.1兆円が、浮くという。
これを被災した東北地方の復興に廻したい、ということらしい。
今回の変更で、東北自動車道を無料で利用するには被災地証明が必要とされた。 そして、この証明書の発行の基準が自治体の判断によって違う事が問題にされているが、この2.1兆円に比べたら、この問題は、非常に小さいことがわかります。
(それはそうでしょう、日本で全国的に行われていた、実質割引措置が、被災した東北自動車に限定された訳だから、費用は、日本全国で行われた時に比べれば、各段に安くなるのは自明ですね。
全体としてみると大した事がないこの証明書問題は、国交省が仕組んだ、見せ球か?と思ってしまいます。 国民の注目がこの証明書問題に集まれば、2.1兆円の使途に注意がいきませんから、)
何となく、「復興支援だからやむを得ないか」と考えていても、本当にこの分のお金が復興支援に廻るのか注意してみておかないといけませんね。 今、復興支援は、何をするにも免罪符的になっていますから、気が付いたら別の予算に転用されていた、ということがないようにしなければいけません。
【高速道路新料金】無料化予算「できるだけ復興に」
2011年3月22日(火) 12時30分
4月1日のスタートに向けて準備が進んでいた高速道路新料金について、大畠章宏国交相は、「予算をできるだけ災害復興に充てたい」と、話した。22日の閣議後会見で明らかにした。
民主党はマニフェストで高速道路無料化を掲げて、当時国交相だった前原案を一蹴して、再度、料金割引を作り直したほど力を注いでいた。
新しい料金制度には、予算審議を待つ高速道路無料化社会実験予算1200億円と、主に新料金の割引分に充当される2兆円余りの利便増進事業費が確保されているが、この財源を東日本大地震の復興財源に替えるべきだ、という意見が民主党内からも出ていた。
大畠氏は「私自身も新しい高速道路無料化社会実験を行うべきと思っていたが、地震、津波、原子力の状況を踏まえて、本日、与党と意見交換する」と、述べた。
本日16時からの経済産業・国土交通合同部門会議で話し合う。国交省としての復興対応の高速道路料金は「明日明らかにする」(大畠氏)という。
今回の上限廃止(無料化社会実験終了)で予定したいた2.1兆円が、浮くという。
これを被災した東北地方の復興に廻したい、ということらしい。
今回の変更で、東北自動車道を無料で利用するには被災地証明が必要とされた。 そして、この証明書の発行の基準が自治体の判断によって違う事が問題にされているが、この2.1兆円に比べたら、この問題は、非常に小さいことがわかります。
(それはそうでしょう、日本で全国的に行われていた、実質割引措置が、被災した東北自動車に限定された訳だから、費用は、日本全国で行われた時に比べれば、各段に安くなるのは自明ですね。
全体としてみると大した事がないこの証明書問題は、国交省が仕組んだ、見せ球か?と思ってしまいます。 国民の注目がこの証明書問題に集まれば、2.1兆円の使途に注意がいきませんから、)
何となく、「復興支援だからやむを得ないか」と考えていても、本当にこの分のお金が復興支援に廻るのか注意してみておかないといけませんね。 今、復興支援は、何をするにも免罪符的になっていますから、気が付いたら別の予算に転用されていた、ということがないようにしなければいけません。
【高速道路新料金】無料化予算「できるだけ復興に」
2011年3月22日(火) 12時30分
4月1日のスタートに向けて準備が進んでいた高速道路新料金について、大畠章宏国交相は、「予算をできるだけ災害復興に充てたい」と、話した。22日の閣議後会見で明らかにした。
民主党はマニフェストで高速道路無料化を掲げて、当時国交相だった前原案を一蹴して、再度、料金割引を作り直したほど力を注いでいた。
新しい料金制度には、予算審議を待つ高速道路無料化社会実験予算1200億円と、主に新料金の割引分に充当される2兆円余りの利便増進事業費が確保されているが、この財源を東日本大地震の復興財源に替えるべきだ、という意見が民主党内からも出ていた。
大畠氏は「私自身も新しい高速道路無料化社会実験を行うべきと思っていたが、地震、津波、原子力の状況を踏まえて、本日、与党と意見交換する」と、述べた。
本日16時からの経済産業・国土交通合同部門会議で話し合う。国交省としての復興対応の高速道路料金は「明日明らかにする」(大畠氏)という。
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Sunday, June 19, 2011
飽和したらスターバックス・モデルでいこう!!
先日、スターバックスに関する本の事を書いた。 もともとスターバックスは好きだし、興味のある会社だったので、ちょっとスターバックスについて書いてみる。
スターバックスは、1971年にシアトルで始まった小さなコーヒーショップだった。 1982年に、ハワード・シュルツが就職した。翌年、シュルツがイタリアに旅行して本場のコーヒーショップを訪れ、そこでイタリアのコーヒーショップでは、顧客との会話がとても重要視されていて、コーヒーを中心にしながら、非常に居心地の良い環境を提供しいることに非常に感銘を受ける。
帰国後、積極的に店舗展開しようというシュルツと当時のスターバックスの経営陣は、意見があわず、シュルツは一度、スターバックスを退社することとなる。 その後、自分で始めたコーヒー店がシアトルで爆発的に人気を得たので、ローカル・インベスターの協力を得て、当時のスターバックス経営陣から、会社を買い受けることとなる。
1985年のことだ。 そこから、スターバックスは爆発的に発展することになる。
スターバックスは、
・顧客を大切にする
・従業員を大切にする
(アメリカでは、パートタイムワーカーでも、
保険が受けられる。 株式持ち合いもできる)
・顧客と従業員が作り出す、カスタマー・エクスペリエンスを大切にする
・地域コミュニティーを大切にする
などが、有名。
でも、本当に注目したいのは、海外展開の速さだ。 アメリカの会社は、あるモデルを作ると、直ぐに海外展開をする。スターバックスの提供するエスプレッソの本場は、イタリアで、Authentic(伝統的で正当)な味は、イタリアのエスプレッソだが、全く気にしない。
コモディティーになったら、海外展開しろ、というのが鉄則だ。
日本の企業もこれくらいのスピードで、海外展開する必要があるのでしょう。
20年少しで、17店舗から、17,000店舗へ。 もの凄い勢いですね、
因みに、シュルツ氏の話がUPされているので興味のある人はどうぞ。
スターバックスが初めて海外店を出したのが東京の銀座ですが、その時のエピソードも語られています。
tp
スターバックスは、1971年にシアトルで始まった小さなコーヒーショップだった。 1982年に、ハワード・シュルツが就職した。翌年、シュルツがイタリアに旅行して本場のコーヒーショップを訪れ、そこでイタリアのコーヒーショップでは、顧客との会話がとても重要視されていて、コーヒーを中心にしながら、非常に居心地の良い環境を提供しいることに非常に感銘を受ける。
帰国後、積極的に店舗展開しようというシュルツと当時のスターバックスの経営陣は、意見があわず、シュルツは一度、スターバックスを退社することとなる。 その後、自分で始めたコーヒー店がシアトルで爆発的に人気を得たので、ローカル・インベスターの協力を得て、当時のスターバックス経営陣から、会社を買い受けることとなる。
1985年のことだ。 そこから、スターバックスは爆発的に発展することになる。
スターバックスは、
・顧客を大切にする
・従業員を大切にする
(アメリカでは、パートタイムワーカーでも、
保険が受けられる。 株式持ち合いもできる)
・顧客と従業員が作り出す、カスタマー・エクスペリエンスを大切にする
・地域コミュニティーを大切にする
などが、有名。
でも、本当に注目したいのは、海外展開の速さだ。 アメリカの会社は、あるモデルを作ると、直ぐに海外展開をする。スターバックスの提供するエスプレッソの本場は、イタリアで、Authentic(伝統的で正当)な味は、イタリアのエスプレッソだが、全く気にしない。
コモディティーになったら、海外展開しろ、というのが鉄則だ。
日本の企業もこれくらいのスピードで、海外展開する必要があるのでしょう。
20年少しで、17店舗から、17,000店舗へ。 もの凄い勢いですね、
因みに、シュルツ氏の話がUPされているので興味のある人はどうぞ。
スターバックスが初めて海外店を出したのが東京の銀座ですが、その時のエピソードも語られています。
tp
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Japan, 東京23区
Saturday, June 18, 2011
国会では大事な事を議論して欲しいのだが、
菅総理の辞任時期を巡って、与党も野党も、大騒ぎである。
実にバカバカしい。
本当に議論して欲しいことがあるのだが、
◆第二次補正予算
2兆円の復興予算が組まれるという。 第一次補正予算と合わせると3兆円になるのだが、この資金で、どのような社会基盤を作っていくのか。
地元の人は、震災前の元の状態に戻りたいと思っているし、たとえば、経団連は、更に発展した、新しい持続可能な社会基盤を作らなければ、意味がない、と訴えている。
どういう復興(又は、単に復旧)構想をまとめ上げるのか、その為に、地方(地元)と国(地元以外の人々)が、どのようにお金を出し合うのか、しっかり議論して欲しい。
◆子供手当て
民主党の看板政策を、自民党との連携のために、見直しをしようという動きがある。
「コンクリートから人へ」という政策を具現化する1つの重要施策だったが、これを見直すという。
今年初めて、出生率が若干改善されている事が確認された。 これは、子供手当に代表されるように、社会全体で子育てを支援していく、という政府の態度の成果ではないか?
良く、検証して欲しいのだが、
◆TPPへの参加と農業政策
TPPへの参加表明を見送りしたとたんに、農協は、構造改革という言葉を使わなくなってしまった。
為替の関係もあり、日本での物作りは、ほぼ壊滅的な状況にあるが、これで他国と関税でも差がつくようなら、最早、日本で製造を続けることは不可能になるだろう。
管総理の辞任を促すなら、きちんと代替の案をだして政策議論をして、その目的に合わないから、辞任を促す、という本来のあるべき姿に戻ってほしいのだが。。。
大丈夫か?国会議員。
実にバカバカしい。
本当に議論して欲しいことがあるのだが、
◆第二次補正予算
2兆円の復興予算が組まれるという。 第一次補正予算と合わせると3兆円になるのだが、この資金で、どのような社会基盤を作っていくのか。
地元の人は、震災前の元の状態に戻りたいと思っているし、たとえば、経団連は、更に発展した、新しい持続可能な社会基盤を作らなければ、意味がない、と訴えている。
どういう復興(又は、単に復旧)構想をまとめ上げるのか、その為に、地方(地元)と国(地元以外の人々)が、どのようにお金を出し合うのか、しっかり議論して欲しい。
◆子供手当て
民主党の看板政策を、自民党との連携のために、見直しをしようという動きがある。
「コンクリートから人へ」という政策を具現化する1つの重要施策だったが、これを見直すという。
今年初めて、出生率が若干改善されている事が確認された。 これは、子供手当に代表されるように、社会全体で子育てを支援していく、という政府の態度の成果ではないか?
良く、検証して欲しいのだが、
◆TPPへの参加と農業政策
TPPへの参加表明を見送りしたとたんに、農協は、構造改革という言葉を使わなくなってしまった。
為替の関係もあり、日本での物作りは、ほぼ壊滅的な状況にあるが、これで他国と関税でも差がつくようなら、最早、日本で製造を続けることは不可能になるだろう。
管総理の辞任を促すなら、きちんと代替の案をだして政策議論をして、その目的に合わないから、辞任を促す、という本来のあるべき姿に戻ってほしいのだが。。。
大丈夫か?国会議員。
電気の規格を巡る競争 (2) AC電流(ウェスティングハウス) VS DC電流(エジソン)
電球を発明した後、エジソンは、それに相応しい発電所、電気のケーブル、モーターなど、すべてDC電流で動くシステムを作り始めた。 そして、1887年には、エジソンは、NJに121もの発電所を建設、運営していた。
エジソンより1歳年上のウェスティンハウスは、エジソンのいるニューヨークを避けて、ACによる電力事業を、米国南部や西部で開始した。
やがて次第に、ACによる良さが明らかになってきた。 DCで発電した電力は、わずか数マイルから送電する事ができない。 これ以上距離が離れると、電気はケーブルの中で単に熱に代わってしまうのだった。 これは、結局、各都市に一つ、発電所が必要になる、ということだった。 ところがACは、トランスフォーマーを使うことにより、電気を何十マイルも離れた場所に送電する事が出来た。 だから1つの発電所を作れば、複数の都市で、その恩恵を受けることができた。
でも当時、NYにACのシステムを作ることは、
Taking on Edison at his own game was like Toyota taking on GM in Detoroit.
だと表現されている。
その時、偶然起こった経済の異変が、その後の二人の競争に大きな影響を与えた。
In 1887 the price of copper began to rise sharply. Shortly after French syndicate cornered the copper market, it drve the price of copper up from nine cents per pound to twenty cents per pound.
DC systems relied hevily on fat copper wires to carry current. High copper prices meant the cost of installing DC systems would skyrocket. On the other hand, high voltage(two thousand volts) alternating current could still be carried on skinny copper wires. And perhaps in comparing the operating costs of the two systems, Edison now for the first time perceived AC to be real threat.
Now Edison faced a double-edged sword: the high cost of the copper wiring and the superiority of the AC system.
そこでEdisonは、AC電流が危険であることの、ネガティブ・キャンペーンを開始した、
In February 1888, Edison showered West Orange with red leaflets screaming A WARNING! FROM THE EDISON ELECTRIC CO. Each eighty-three page leaflet accused Edison Electric's competitors of being liars and thieves. The leaflet was intended to scare people. It listed unfortune souls who had fried to death in theater and factory accidents. Is this the kind of electricity you want to be using in your home? Any responsible parent would have to say NO.
BrownというDCに好意的な科学者(事実、彼自身、DCに関する複数の特許を持っている)を雇ってキャンペーンを始めた。
「高電圧を利用するACはDCに比べて危険だ。だから300Volt以下に規制しなくてはいけない」というのだ。 300Volt以下では、DCは、ACに対する優位性を失ってします。
そしてACの危険性を証明する為に動物実験を始めた。 近所の犬や猫に電気を流して、AC電流で動物が死んでしまう、という事を証明しようとした。 そして、DCは300vから、ACは1000Vを流して、犬や猫が、どのように死んでいくかを克明に記録して公表することにより、世の中にAC電流の危険性を訴えた。 そして、実際に、ニュースレポーターを大勢集めて、大型犬をAC電流で殺すという実験をした。
ところで、当時、NYでは、絞首刑について、議論があった。 首を吊る仕掛けに失敗して受刑者が不要に苦しむことがある。 これを、何とか改善したい、という動きがあった。そこで、諮問委員会で、電気によって人を処刑する(Electric Execution)事を検討したが、最初は、否決された。
そこで、Edison自身が、ACによる処刑が如何に人に苦痛を与えないか、ということを説明して、
議論は、大きく電気による処刑を実施することに傾いていった。
そして、1890年8月6日、 初めて実際に電気椅子によって人間が処刑されることとなった。
(Edisonは、電気で処刑することを、彼の競争者の名前をとって、Westinghouseと呼ぶことにしよう、と呼びかけた。 Let's westinghouse him!!と、言うように。)
電気椅子による処刑の結果は、それは、それは、苦痛がない、とうものとは程遠かった。
'The guillotine is better than the gallows., the gallows is better than electrical execution." is how Dr. E.C. Spitzka, attending physician and witness, phrased it.
しかし、1893年には、勝負はついてしまう。 Chicago World's Fairの電力システムに関する入札で完敗し、同年秋のNiagara Fallsの水力発電所が、ACになることが決定したため、エジソンは、DCに関する興味を失ってしまう。
そして、別の研究に没頭するべく、Menlo Parkの研究所に戻っていくのだった。
著者である、Ira Flatowは、この本の中で、一般に思われている発明者が、実際の発明者と異なるケースを多く紹介している。(有名な電話の開発に関する話。 テレビを本当の意味で開発したのは誰か、等)
多くの場合、特許紛争になるが、それでも技術は社会に入り込んで、世界を、人々の暮らしを変えていく。
この本を読むと、アメリカ人が如何に、こういう「発明によって世界を変える」ということに、昔から情熱を燃やしてきた事が良くわかる。
今、電力も次世代エネルギーを巡って、太陽光、風力、地熱等、様々な方法の技術開発が試みられていて、どれが本命なのか、分からない混沌とした状況だ。
アメリカ人は、こういう時に非常に情熱を傾ける。 それはエジソンとウェスティングハウスが作り上げたビジネスモデルを、根底から変えることができるかもしれない可能性が非常に高いからだ。 そして、そのモデルを作り上げた物が、今後、何十年、何百年と市場を支配することができるかも知れない。開発者は、次世代技術を開発したという栄誉と、そこから生まれる金銭的な受益者となり、正に成功者となることができる。
この本は、多くの事例を紹介しながら、(主にアメリカの)発明者が、どれだけの情熱と努力を傾けるか、非常に良くわかって面白い。
エジソンより1歳年上のウェスティンハウスは、エジソンのいるニューヨークを避けて、ACによる電力事業を、米国南部や西部で開始した。
やがて次第に、ACによる良さが明らかになってきた。 DCで発電した電力は、わずか数マイルから送電する事ができない。 これ以上距離が離れると、電気はケーブルの中で単に熱に代わってしまうのだった。 これは、結局、各都市に一つ、発電所が必要になる、ということだった。 ところがACは、トランスフォーマーを使うことにより、電気を何十マイルも離れた場所に送電する事が出来た。 だから1つの発電所を作れば、複数の都市で、その恩恵を受けることができた。
でも当時、NYにACのシステムを作ることは、
Taking on Edison at his own game was like Toyota taking on GM in Detoroit.
だと表現されている。
その時、偶然起こった経済の異変が、その後の二人の競争に大きな影響を与えた。
In 1887 the price of copper began to rise sharply. Shortly after French syndicate cornered the copper market, it drve the price of copper up from nine cents per pound to twenty cents per pound.
DC systems relied hevily on fat copper wires to carry current. High copper prices meant the cost of installing DC systems would skyrocket. On the other hand, high voltage(two thousand volts) alternating current could still be carried on skinny copper wires. And perhaps in comparing the operating costs of the two systems, Edison now for the first time perceived AC to be real threat.
Now Edison faced a double-edged sword: the high cost of the copper wiring and the superiority of the AC system.
そこでEdisonは、AC電流が危険であることの、ネガティブ・キャンペーンを開始した、
In February 1888, Edison showered West Orange with red leaflets screaming A WARNING! FROM THE EDISON ELECTRIC CO. Each eighty-three page leaflet accused Edison Electric's competitors of being liars and thieves. The leaflet was intended to scare people. It listed unfortune souls who had fried to death in theater and factory accidents. Is this the kind of electricity you want to be using in your home? Any responsible parent would have to say NO.
BrownというDCに好意的な科学者(事実、彼自身、DCに関する複数の特許を持っている)を雇ってキャンペーンを始めた。
「高電圧を利用するACはDCに比べて危険だ。だから300Volt以下に規制しなくてはいけない」というのだ。 300Volt以下では、DCは、ACに対する優位性を失ってします。
そしてACの危険性を証明する為に動物実験を始めた。 近所の犬や猫に電気を流して、AC電流で動物が死んでしまう、という事を証明しようとした。 そして、DCは300vから、ACは1000Vを流して、犬や猫が、どのように死んでいくかを克明に記録して公表することにより、世の中にAC電流の危険性を訴えた。 そして、実際に、ニュースレポーターを大勢集めて、大型犬をAC電流で殺すという実験をした。
ところで、当時、NYでは、絞首刑について、議論があった。 首を吊る仕掛けに失敗して受刑者が不要に苦しむことがある。 これを、何とか改善したい、という動きがあった。そこで、諮問委員会で、電気によって人を処刑する(Electric Execution)事を検討したが、最初は、否決された。
そこで、Edison自身が、ACによる処刑が如何に人に苦痛を与えないか、ということを説明して、
議論は、大きく電気による処刑を実施することに傾いていった。
そして、1890年8月6日、 初めて実際に電気椅子によって人間が処刑されることとなった。
(Edisonは、電気で処刑することを、彼の競争者の名前をとって、Westinghouseと呼ぶことにしよう、と呼びかけた。 Let's westinghouse him!!と、言うように。)
電気椅子による処刑の結果は、それは、それは、苦痛がない、とうものとは程遠かった。
'The guillotine is better than the gallows., the gallows is better than electrical execution." is how Dr. E.C. Spitzka, attending physician and witness, phrased it.
しかし、1893年には、勝負はついてしまう。 Chicago World's Fairの電力システムに関する入札で完敗し、同年秋のNiagara Fallsの水力発電所が、ACになることが決定したため、エジソンは、DCに関する興味を失ってしまう。
そして、別の研究に没頭するべく、Menlo Parkの研究所に戻っていくのだった。
著者である、Ira Flatowは、この本の中で、一般に思われている発明者が、実際の発明者と異なるケースを多く紹介している。(有名な電話の開発に関する話。 テレビを本当の意味で開発したのは誰か、等)
多くの場合、特許紛争になるが、それでも技術は社会に入り込んで、世界を、人々の暮らしを変えていく。
この本を読むと、アメリカ人が如何に、こういう「発明によって世界を変える」ということに、昔から情熱を燃やしてきた事が良くわかる。
今、電力も次世代エネルギーを巡って、太陽光、風力、地熱等、様々な方法の技術開発が試みられていて、どれが本命なのか、分からない混沌とした状況だ。
アメリカ人は、こういう時に非常に情熱を傾ける。 それはエジソンとウェスティングハウスが作り上げたビジネスモデルを、根底から変えることができるかもしれない可能性が非常に高いからだ。 そして、そのモデルを作り上げた物が、今後、何十年、何百年と市場を支配することができるかも知れない。開発者は、次世代技術を開発したという栄誉と、そこから生まれる金銭的な受益者となり、正に成功者となることができる。
この本は、多くの事例を紹介しながら、(主にアメリカの)発明者が、どれだけの情熱と努力を傾けるか、非常に良くわかって面白い。
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Japan, 東京23区
電気の規格を巡る競争(1) - 電球を発明したのは誰か
1880年当時の新世代エネルギーの電気。 それまでのガス塔などの業界を一変させてしまった当時の新テクノロジーの電気。 このスタンダードが決まるまでには、実はエジソンとウェスティングハウスの熾烈な規格競争があった。 このスタンダード獲得競争は、純粋な科学的見地だけではなく、メディアを巻き込んだ熾烈な、非常に醜い競争だった。
この一連の発明を巡る競争を、
「They All Laughed...」
Fascinating Stories Behind the Great Inventions That Have Changed Our Lives
は、分かりやすく伝えている。
この本は、アメリカの公共放送(NPR)で長くサイエンスライターとして活躍する著者 Ira Flatowが、人々の生活を変えるような発明が、実際にはどのように過程で、世に生まれてきたかを青少年向けに書いた本だが、実に面白い。
まず最初に有名な電球の発明に関する話し。
電球を発明したのはエジソンだと、普通の人は思っているが、実は、エジソンは単に、より効率良く、長く燃える素材をみつけたに過ぎない、という事をこの本は明らかにしている。
By August 1879, a better quality bamboo, called Japanese bamboo, proved to burn longest. By the end of the year bamboo lamps were burning for 240 or more hours.
しかし、エジソンが発明されたと思われている電球と、全く同じ形、全く同じように真空にされたガラス管に、同じような馬蹄の形の電線で、照明がつけられることを、エジソンの15年も前にイギリスの発明家 Joseph Swanが証明している。 (彼は関連する特許も取得している。)
1879年7月、Joseph Swanが、それまで主に使われていたプラチナの変わりに、カーボン素材を使うと、電球は、より長く光り続けることができる、とアメリカの科学雑誌に発表した、その10月に、エジソンは、新しくカーボン素材を電線に使うことで、実用的な電球を発明したと発表したのだ。
(エジソンは、自分が発明した後で、この記事を読んだ、と主張している。)
これは、当然、特許紛争になったが、この種の紛争に慣れているエジソンは、法廷で決着をつけるよりも、電球のパテントを独占する会社をSwanと共同で設立することで、和解している。
Joseph Swanは言う、
Fifteen years ago, I used charred paper and card in the construction of an elecric lamp on the incandescent principle. I used it, too, in the shape of a horse-shoe, precisely as you say Mr. Edison is now using it.
では、何故、(イギリス人を除いた)世界中で、エジソンが電球を発明したと思われているのか?
それは、既に発明王として名前が知れ渡っていたエジソンを巡る米国メディアの影響力だという。
例えば、1879年12月のNew York Herald誌の記事
--Headline; Edison's light:
Scoop of the inside story of how Edison had succeeded in producing 'the perfected lamp.--
「Sitting one night in his laboratory reflecting on some of the unfinished details, Edison began abstractedly rolling between fingers a piece of compressed lampblack until it had become a slender filament. Happening to glance at it the idea occurred to him that it might give good resules as a burner if made incandescent. A few minutes later the experiment was tried, and to the inventor's gratification, satisfactory, although not surprising, results were obtained.」
著者は続ける。
What a great story! Except one ugly detail. There is no record of this legendary light bulb. Despite Edison being quoted as saying that this account of story is essentially true, records of the laboratory show nothing of great interest happening on October 21.
October 21 was considered as the day Edison discovered the secret of the incandescent lamp-carbon. For many years, that day has been celebrated as Electric Light Day by power companies.
発明をロマンティサイズしたい、新聞等のメディアやハリウッドが、エジソンが単独で電球を考えたというイメージを、世界中に植え付けたのだ、と言っている。
しかし、だからと言って、著者はエジソンを非難してばかりではない。
An invention is worthless if it only functions under laboratory conditions. Only Edison designed his lamp, from the beginning, to be part of a total electrical system the size of a city, complete with elecctric dynamos to produce the electicity and wires and fuses to distribute and control it.
エジソンは、単に電球を作るだけでなく、電球によって実際の街中を明るくしようと考えた。
そのためには、発電所だっているし、送電線も必要になる。 家庭で使うためのヒューズなどが、一連のシステムとなって初めて意味がある、と考えたところが、素晴らしい点だと指摘する。
そして、電気の話に続く。
ご存知のように、電気には2種類の周波数がある。DC(Direct Currency)とAC(Alternating Currency)だ。
DC電流による電力供給にエジソンは執拗に拘った。 Westinghouse氏(同じく当時の発明家であり事業家)は、AC電流のメリットに注目した。 ここから、二人の競争が始まることになる。
この一連の発明を巡る競争を、
「They All Laughed...」
Fascinating Stories Behind the Great Inventions That Have Changed Our Lives
は、分かりやすく伝えている。
この本は、アメリカの公共放送(NPR)で長くサイエンスライターとして活躍する著者 Ira Flatowが、人々の生活を変えるような発明が、実際にはどのように過程で、世に生まれてきたかを青少年向けに書いた本だが、実に面白い。
まず最初に有名な電球の発明に関する話し。
電球を発明したのはエジソンだと、普通の人は思っているが、実は、エジソンは単に、より効率良く、長く燃える素材をみつけたに過ぎない、という事をこの本は明らかにしている。
By August 1879, a better quality bamboo, called Japanese bamboo, proved to burn longest. By the end of the year bamboo lamps were burning for 240 or more hours.
しかし、エジソンが発明されたと思われている電球と、全く同じ形、全く同じように真空にされたガラス管に、同じような馬蹄の形の電線で、照明がつけられることを、エジソンの15年も前にイギリスの発明家 Joseph Swanが証明している。 (彼は関連する特許も取得している。)
1879年7月、Joseph Swanが、それまで主に使われていたプラチナの変わりに、カーボン素材を使うと、電球は、より長く光り続けることができる、とアメリカの科学雑誌に発表した、その10月に、エジソンは、新しくカーボン素材を電線に使うことで、実用的な電球を発明したと発表したのだ。
(エジソンは、自分が発明した後で、この記事を読んだ、と主張している。)
これは、当然、特許紛争になったが、この種の紛争に慣れているエジソンは、法廷で決着をつけるよりも、電球のパテントを独占する会社をSwanと共同で設立することで、和解している。
Joseph Swanは言う、
Fifteen years ago, I used charred paper and card in the construction of an elecric lamp on the incandescent principle. I used it, too, in the shape of a horse-shoe, precisely as you say Mr. Edison is now using it.
では、何故、(イギリス人を除いた)世界中で、エジソンが電球を発明したと思われているのか?
それは、既に発明王として名前が知れ渡っていたエジソンを巡る米国メディアの影響力だという。
例えば、1879年12月のNew York Herald誌の記事
--Headline; Edison's light:
Scoop of the inside story of how Edison had succeeded in producing 'the perfected lamp.--
「Sitting one night in his laboratory reflecting on some of the unfinished details, Edison began abstractedly rolling between fingers a piece of compressed lampblack until it had become a slender filament. Happening to glance at it the idea occurred to him that it might give good resules as a burner if made incandescent. A few minutes later the experiment was tried, and to the inventor's gratification, satisfactory, although not surprising, results were obtained.」
著者は続ける。
What a great story! Except one ugly detail. There is no record of this legendary light bulb. Despite Edison being quoted as saying that this account of story is essentially true, records of the laboratory show nothing of great interest happening on October 21.
October 21 was considered as the day Edison discovered the secret of the incandescent lamp-carbon. For many years, that day has been celebrated as Electric Light Day by power companies.
発明をロマンティサイズしたい、新聞等のメディアやハリウッドが、エジソンが単独で電球を考えたというイメージを、世界中に植え付けたのだ、と言っている。
しかし、だからと言って、著者はエジソンを非難してばかりではない。
An invention is worthless if it only functions under laboratory conditions. Only Edison designed his lamp, from the beginning, to be part of a total electrical system the size of a city, complete with elecctric dynamos to produce the electicity and wires and fuses to distribute and control it.
エジソンは、単に電球を作るだけでなく、電球によって実際の街中を明るくしようと考えた。
そのためには、発電所だっているし、送電線も必要になる。 家庭で使うためのヒューズなどが、一連のシステムとなって初めて意味がある、と考えたところが、素晴らしい点だと指摘する。
そして、電気の話に続く。
ご存知のように、電気には2種類の周波数がある。DC(Direct Currency)とAC(Alternating Currency)だ。
DC電流による電力供給にエジソンは執拗に拘った。 Westinghouse氏(同じく当時の発明家であり事業家)は、AC電流のメリットに注目した。 ここから、二人の競争が始まることになる。
Location:
Japan, 東京23区
Wednesday, June 15, 2011
今週の原子力関連ニュース
忙しいと、今、原発や放射能問題が、どんな状況になっているのか、分からなくなりますね。
そこで、ヘッドラインだけを、まとめて掲載します。 もちろん、詳細はリンクをクリックして
原文を参照してくださいね。
**6月18日(土)
◆汚染水浄化、5時間で停止=装置で高線量、放射能の泥かー1週間以内の再開目指す。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011061800084
セシウム吸着塔の放射線量が想定より早く上昇し、交換基準に達した。汚染水に極めて高濃度の泥が含まれていた可能性などが考えられ、東電は1週間以内の原因究明と運転再開を目指している。同システムは試運転中に吸着塔で水漏れが相次ぎ、17日午後8時に本格運転を始めたばかりだった。
コメント)やはり、なかなかに難しいようですね。 ところで、汚染水の処理、アレバ社では1t当たり
2億円の請求がくるといいます。 高濃度汚染水は、10万トン以上が溜まっているとされるから、全部処理を依頼すると、20億円以上になります。
一方で金沢大学は、アレバ社の20倍の処理能力がある薬剤を開発したとか。 これでけシステムが作り込まれてしまっている中で、部分的に、他の技術を使うのは、かなり難しいと思うが、ぜひ、積極的に、活用できるよう検討してもらいたいものです。 ロボットの二の舞にならないように、
◆仏で静岡産茶葉から規制値超す放射性セシウム
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110618-OYT1T00264.htm
仏政府は17日、パリ郊外シャルル・ドゴール空港での検疫で、輸入された静岡県産の茶葉から、規制値を超える1キロ・グラム当たり1038ベクレルの放射性セシウムが検出されたと発表した。
コメント) 本当でしょうか? 続報に期待
**6月17日(金)
◆汚染水保管タンク、高速道利用し移送
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20110617-00000020-jnn-soci
東京電力は今月4日から福島第一原発の汚染水をためるため、工場がある栃木県鹿沼市からおよそ120トンの大型タンクの移送を始めています。17日からは、大型タンクを積んだトレーラーがおよそ500メートルの列をつくり高速道路の鹿沼インターチェンジから広野インターチェンジを利用して移送を行いました。
コメント)
現場に汚染水を保管する場所がなくなっているので、止むを得ないのでしょうが、交通事故を起こしたら大変なことになりますね、 特に、テロのある国なら警察や軍が護送するのでしょうが、このトレーラーには、全くそういった警戒はされていません。 単に、連なって何台も走っている、という感じです。 大丈夫でしょうか?
**6月16日(木)
◆福島第一の浄化装置、試運転順調 17日夕から本格稼働
http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819595E3E4E2E2848DE3E4E2E4E0E2E3E39797E0E2E2E2
コメント) 昨日の続報。 順調そうですね。
◆福島第一原発:ホットスポットを勧奨地点に指定、避難支援
◆茨城県、海水浴安全宣言 17地点放射線量、海水なし・砂浜も低く
http://mainichi.jp/area/ibaraki/news/20110615ddlk08040201000c.html
検査は7~10日に実施。遊泳客が集まる水深1~1・5メートル付近を調べた海水の検査では、全地点で放射性ヨウ素、放射性セシウムが不検出。砂浜の検査では、0・05~0・14マイクロシーベルトと比較的低い値にとどまった。
◆ブロッコリーなど制限解除 福島県の11市町村
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110615/trd11061517500017-n1.htm
政府は15日、福島県北部を中心とする11市町村で作られたブロッコリーなどについて、原子力災害対策特別措置法に基づく出荷停止を解除した。放射性物質の量が食品衛生法上の暫定基準値を3週連続で下回ったため。
◆汚染水浄化、仏アレバ社製装置の試運転開始
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819595E3E7E2E2858DE3E7E2E4E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2
福島第1原子力発電所の放射性物質を高濃度に含む汚染水の処理に向け、仏アレバ社製装置の試運転を開始した。17日から高濃度汚染水を処理する計画。東電によるとこれまでに米社の装置だけでセシウムの量を最大3300分の1にできた。アレバの装置を併用し、最後は放射性物質の量を最大1万分の1に減らせるという。
そこで、ヘッドラインだけを、まとめて掲載します。 もちろん、詳細はリンクをクリックして
原文を参照してくださいね。
**6月18日(土)
◆汚染水浄化、5時間で停止=装置で高線量、放射能の泥かー1週間以内の再開目指す。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011061800084
セシウム吸着塔の放射線量が想定より早く上昇し、交換基準に達した。汚染水に極めて高濃度の泥が含まれていた可能性などが考えられ、東電は1週間以内の原因究明と運転再開を目指している。同システムは試運転中に吸着塔で水漏れが相次ぎ、17日午後8時に本格運転を始めたばかりだった。
コメント)やはり、なかなかに難しいようですね。 ところで、汚染水の処理、アレバ社では1t当たり
2億円の請求がくるといいます。 高濃度汚染水は、10万トン以上が溜まっているとされるから、全部処理を依頼すると、20億円以上になります。
一方で金沢大学は、アレバ社の20倍の処理能力がある薬剤を開発したとか。 これでけシステムが作り込まれてしまっている中で、部分的に、他の技術を使うのは、かなり難しいと思うが、ぜひ、積極的に、活用できるよう検討してもらいたいものです。 ロボットの二の舞にならないように、
◆仏で静岡産茶葉から規制値超す放射性セシウム
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110618-OYT1T00264.htm
仏政府は17日、パリ郊外シャルル・ドゴール空港での検疫で、輸入された静岡県産の茶葉から、規制値を超える1キロ・グラム当たり1038ベクレルの放射性セシウムが検出されたと発表した。
コメント) 本当でしょうか? 続報に期待
**6月17日(金)
◆汚染水保管タンク、高速道利用し移送
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20110617-00000020-jnn-soci
東京電力は今月4日から福島第一原発の汚染水をためるため、工場がある栃木県鹿沼市からおよそ120トンの大型タンクの移送を始めています。17日からは、大型タンクを積んだトレーラーがおよそ500メートルの列をつくり高速道路の鹿沼インターチェンジから広野インターチェンジを利用して移送を行いました。
コメント)
現場に汚染水を保管する場所がなくなっているので、止むを得ないのでしょうが、交通事故を起こしたら大変なことになりますね、 特に、テロのある国なら警察や軍が護送するのでしょうが、このトレーラーには、全くそういった警戒はされていません。 単に、連なって何台も走っている、という感じです。 大丈夫でしょうか?
**6月16日(木)
◆福島第一の浄化装置、試運転順調 17日夕から本格稼働
http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819595E3E4E2E2848DE3E4E2E4E0E2E3E39797E0E2E2E2
コメント) 昨日の続報。 順調そうですね。
◆福島第一原発:ホットスポットを勧奨地点に指定、避難支援
政府の原子力災害対策本部(本部長・菅直人首相)は16日、福島第1原発から20キロ以上離れた地域で、放射線量が高く「ホットスポット」と呼ばれる地点を「特定避難勧奨地点」に指定し、住民の避難を支援すると発表した。 指定されるのは、警戒区域と計画的避難区域の外で、年間被ばく量が20ミリシーベルトを超える可能性がある場所。
コメント) 被ばく量の測定は、やり方によって随分、値に違いがあるよう。 そもそも、県などの公共機関でも、複数、数値が出たら、低い方を公表するのではないか、という疑いが、どうしてもぬぐえない。。。
**6月15日(水)◆茨城県、海水浴安全宣言 17地点放射線量、海水なし・砂浜も低く
http://mainichi.jp/area/ibaraki/news/20110615ddlk08040201000c.html
検査は7~10日に実施。遊泳客が集まる水深1~1・5メートル付近を調べた海水の検査では、全地点で放射性ヨウ素、放射性セシウムが不検出。砂浜の検査では、0・05~0・14マイクロシーベルトと比較的低い値にとどまった。
◆ブロッコリーなど制限解除 福島県の11市町村
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110615/trd11061517500017-n1.htm
政府は15日、福島県北部を中心とする11市町村で作られたブロッコリーなどについて、原子力災害対策特別措置法に基づく出荷停止を解除した。放射性物質の量が食品衛生法上の暫定基準値を3週連続で下回ったため。
◆汚染水浄化、仏アレバ社製装置の試運転開始
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819595E3E7E2E2858DE3E7E2E4E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2
福島第1原子力発電所の放射性物質を高濃度に含む汚染水の処理に向け、仏アレバ社製装置の試運転を開始した。17日から高濃度汚染水を処理する計画。東電によるとこれまでに米社の装置だけでセシウムの量を最大3300分の1にできた。アレバの装置を併用し、最後は放射性物質の量を最大1万分の1に減らせるという。
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